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稗貫(ひえぬき)郡地質及び土性調査

today 2018(平成30)年5月13日(日)旧3月28日
100years ago 1918(大正7)年5月13日(月)旧4月4日

 所属する合唱団の定期演奏会を終え、いつものように、演奏曲が頭の中をぐるぐるめぐりながらも、事務局の残務処理などを行っているところのcozyです、こんばんは。今回の演奏曲には、なんと千名を超えるお客様にご来場いただき大盛況でした。特別出演、賛助出演の皆様、スタッフの皆様も含めて、ありがとうございましたです。

 久々の100年前のケンジ君です。100年前の今頃、宮澤賢治さんは「稗貫郡地質及び土性調査」に携わっていました。3月に盛岡農林高等学校を卒業しましたが、恩師関豊太郎先生の熱心な勧めにより、研究生として参加しました。ケンジ君自身は、この調査にあまり価値を認めず、参加に積極的ではなかったとも伝えられています。

 しかしながら、この調査を行ったことは、この後の彼の人生に大きく関わっているようです。具体的には、古里の自然や農業立地環境を総合的に学習体験したこと、そのことが農学校教師、羅須地人協会などの活動を支える基本としての農業技術の基礎となり、ひいては、彼の作品の中にも生かされているということです。

 学生時代には、盛岡付近や江刺郡の地質調査も行っていますが、こうした地元を隅々まで踏破したことが、イーハトヴ構想につながる契機になったのかなと思います。なお、今回の記事は、亀井茂さんの「宮沢賢治の“稗貫郡地質及び土性調査”参加の意義」(宮沢賢治研究Annual第2号)を参考にしています。つかパクリです。

20180513
今日の志和三山。田植えが始まりました。

【今日の1作】
 どんぐりと山猫 宮澤賢治(25)作 1921年
 前述の亀井さんの論考では、この作品の構想の一部や舞台は「稗貫郡地質及び土性調査」での体験が多分に関わっているのではないか とのことです。早池峰山近くの花巻市大迫町内川目の「飛内峠」が、例の裁判が行われた有力候補地のひとつだそうな。近くには「猫山」もあります。
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today 2018(平成30)年2月10日(土)旧2017年12月25日
100years ago 1918(大正7)年2月10日(日)旧1917年12月29日

 年が明けたと思ったら、あっという間に2月の上旬も終わってしまい、そのあまりの早さにあっけにとられているところのcozyです、こんばんは。毎年、どんどん時の流れが速くなっているように感じるのですが、今年は、1月中旬にインフルエンザにかかり1週間仕事を休んだので、余計、その思いが強いのかなと。

 2010年2月6日に始めた拙ウェブログが、このほど8年を経過し、9年目に突入しました。ここ2年ほどは、更新回数もめっきり減り、本来のコンセプトである100年前に宮澤賢治さんがいた地付近の今を発信するということもすっかり少なくなってしまいましたが、たまに「読んでるよ」と声をかけてくれる方がいたりして、何とか続けています。

 ということで、今回は、初心に戻って「100年前のケンジ君」をお届けしたいと存じます。100年前の1918年2月、21歳のケンジ君は、盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)3年生で、卒業を間近に控えて、将来を模索していました。父親と書簡で、卒業後の進路や徴兵検査についての意見交換をしていたりします。

 前年の7月、友人らと一緒に同人誌「アザリア」を発行、短歌や短編小説を寄稿するなど文学活動が活発化したり、法華経に心酔し父親と対立するなど、後年の我々からみると、だいぶ「ケンジ君らしくなってきた」感が強くなってきました。 とこんな感じで続けていけたらと思いますので、今後ともよろしくお願いいたしますです。

20180210
100年前ケンジ君が下宿していた玉井さん宅付近(盛岡市大沢川原)。前年4月から、弟清六さんらと暮らしていました。盛岡における4か所目の居所です(盛岡中学校寄宿舎「自彊(じきょう)寮」→北山・清養院→盛岡高等農学校寄宿舎「自啓寮」)。

【今日の1作】
 腐植質中ノ無機成分ノ植物ニ対スル価値 宮澤賢治(21)作 1918年
 100年前の今頃、ケンジ君が書いていた得業論文(卒論みたいなもの?)。ラッキョウをかじりながら書いたという逸話が残っています。

岩手山登山

today 2017(平成29)年10月29日(日)旧9月10日
100years ago 1917(大正6)年10月29日(月)旧9月14日

 先日、隣の矢巾町内をジョギング中に車が寄ってきて「○○公民館はどこですか?」と訊かれ、うろ覚えながら教えてあげたのですが、気になって後で調べてみたら当たっていたので、よかったと思ったところのcozyです、こんばんは。車には、子どもさんが乗っていたので、何かの行事に向かうところだったと思われます。

 100年前の今頃(10月下旬の土曜日)、盛岡高等農林学校三年生のケンジ君は、弟の清六さんなど計4名で岩手山に登山に出かけました。山麓の柳沢の宿で夕食をとり、仮眠後、翌未明の2時半に宿を出発。途中、どしゃぶりの雨に遭い、いったん宿まで引き返し、朝になってから、再スタートしたとのこと。

 同じ年の6月にも同じメンバーでチャレンジしたのですが、その時も雷雨だったようで、だれか雨男がいるのかなと。岩手山については前にも書いたことがありますが、ケンジ君が盛岡中学在籍時から、何度も登っている山です。記録に残っているだけで十数回、その他数十回から百回という説まであるようです。
 
 岩手山は、県内最高峰であり、まさに岩手の象徴といえる山なのですが、都道府県の名前がそのまま山の名前になっているのは、非常に珍しいのではないでしょうか?一方、山といえば川。岩手川という川はありませんが、お酒の銘柄はありました。ちなみに、大分県には、大分川という一級河川があるようです。

20171029
昨日の岩手山。好摩・渋民間のIGRいわて銀河鉄道の車窓から。

【今日の1作】
 柳沢 宮澤賢治(21)作 1917年?
 100年前の岩手山登山の状況を描いた短篇小説。

2016年をふりかえる【100年前のケンジ君編】

today 2016(平成28)年12月23日(金)旧11月25日
100years ago 1916(大正5)年12月23日(土)旧11月29日

 ちょっと前のことになりますが、ディーライフで放映していたERが第5シリーズで終わってしまったので、残念に思っているところのcozyです、こんにちは。2016年もあと1週間余りとなりました。恒例のふりかえりをやってみたいと思います。まずは、100年前のケンジ君編です。

 100年前・1916年のケンジ君(20)のトピックは、3月、修学旅行で東京、京都、奈良の農事試験場を見学。4月、盛岡高等農林学校2年生に進級。7月、関教授の下で盛岡地方の地質の調査。7月末、上京してドイツ語講習受講。9月、関教授の下で秩父地方の土性地質調査見学に参加。などです。

 修学旅行やら何やらで、全国のいろんな所に旅行に出かけています。ケンジ君は、生涯で9回上京していますが、そのうち、1回目と2回目が、この年の出来事です。第一次世界大戦勃発で漁夫の利を得て好景気に沸く首都・東京の様子は、多感な青年の目にどのように映ったでしょうか。

 また、4月に入学してきた1年後輩の保阪嘉内さんと寮の同室となり、かなり親しくなりました。保阪さんは、山梨県北巨摩郡駒井村(現・韮崎市)の出身で、後に、ケンジ君とともに文芸同人誌「アザリア」刊行の中心メンバーとなりました。「銀河鉄道の夜」のカンパネルラのモデルではないか ともいわれている人物です。

【今日の1首】
 おろかなる、灰色の岩の、丘に立ち、今日も暮れたり、雲はるばると。
 宮澤賢治(20)作 1916年
 1916年11月発行の盛岡高等農林学校校友会会報第32号に、「健吉」名で発表した「灰色の岩」29首の一つです。

東京独逸学院

today 2016(平成28)年8月27日(土)旧7月25日
100years ago 1916(大正5)年8月27日(日)旧7月29日

 このところ、ヒゲが伸びるのが早くなったような気がするのでネットで調べてみたら1年のうちでは9月がピークということを知り、なるほどねと思ったところのcozyです、こんばんは。ちなみに、1日のうちでは、朝方(6時から10時ごろまで)が、一番伸びるとのこと。どうやって、調べたのか気になるところです。

 100年前の今頃、盛岡高等農林学校2年生のケンジ君は、夏休みを利用して上京し、神田区猿楽町の東京独逸学院で「独逸語夏季講習会」(8月1日~30日)を受講していました。東京独逸学院があった場所の現在の住所は千代田区神田神保町2丁目付近。投宿先の麹町の旅館から、徒歩で通ったようです。

 今日は、ケンジ君の誕生日です(1896年生れ)ので、二十歳の誕生日は東京で迎えたことになります。100年前の今日、東京独逸学院の先生や仲間達から、、Alles Gute zum Geburtstag!(誕生日おめでとう)とでも声をかけられたのでしょうか?日曜日だから、休みだったかもしれませんが。

20160827
今日の志和三山。手前はソバ畑。

【今日の1冊】
 宮沢賢治とドイツ文学 植田敏郎(81) 1989年
 「修羅」がドイツ語のSchueler(生徒、弟子)と響きが同じとの指摘に、なるほどねと思いました。
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