自然考

today 2010(平成22)年8月31日(火)旧7月22日
100 years ago 1910(明治43)年8月31日(水)旧7月27日

 昨日のつづきで、「自然主義」とはなんぞやを考えてみようってことで、とりあえず、「主義」は省いて「自然」について。

 辞書的には、良い意味でも悪い意味でも、人間の意志や知性の関わらないものの意。反意語は人工とか作為。でも、人間だって自然の一部じゃないの?といわれればそのとおりなので、ほとんど意味を成さなくなってしまう。

 かといって、自然(人間は除く)となると、そんなもの考えてどうなるのって気もします。「美しい自然の風景を写真で撮りました」ってもそれを美しいと感じたカメラマンとか観賞者とかいう人間がいなければ無意味なわけだし。

 と考えていくと、自明と思われた「自然」というコトバも一筋縄でいかない面が見えてきます。あと、よくいわれる東洋と西洋で見方が違うんで、その混乱もあるのかもしれません。

 ざっくりいうと、外部(特に人間)からの強制・矯正がないとか、物理・化学法則にしたがって機械的な みたいなとこがコアの意味なのでしょうか。なので、外部強制のない自己主張にも、どうせ運命は遺伝と環境で決まっちゃうんだよって自己否定にも結びつきうるのかなと。

 ちなみに日本語の「自然」は平安時代からヲノズカラという意味では使われていたようですが、天然の意で使われるようになったのはnatureの訳語とされた明治中頃以降とか。

 ところで、自然に大小はないと思うのですが、大自然って何なんだろ?

100831
 夕方、激しい雨が降ったため、水が濁っている中津川。
 カモたちがたくさんいます。

【今日の1作】
 老子道徳経 老子著 紀元前5世紀頃
 道教の祖・老子の作。「無為自然」というコトバが有名ですが、本文には「無為」はありますが、「無為自然」はありません。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)