アマカラの話

today 2015(平成27)年3月16日(月)旧1月26日
100years ago 1915(大正4)年3月16日(火)旧2月1日

 昨日、このウェブログに法政大学アカデミー合唱団盛岡公演の記事を記したところ、転送先のツイートに、4年目にして初めてのリツイートをいただき、感激したところのcozyです、こんばんは。リツイートしていただいたのは、法政大学アカデミー合唱団OB会様です。ありがとうございました。

 cozyが通っていた高校の近くに、その店、アマカラはありました。アマカラは、駄菓子屋というか雑貨屋というか食堂というかよくわからない店でした。アマカラいもの専門店というわけではありません。正式には、下河原商店というらしいのですが、なぜか、みんな、アマカラと呼んでいました。

 アマカラへは、蹴球部の部活が終わった後に行って、マミーという乳酸菌飲料を1リットル飲んだり、ジャジャ麺を食べたりしていました。部室は3年生(年度途中から2年生)が使うので、主に1年生が部室がわりに通っていたのです。他の運動部の1年生も来ていたような気がします。

 アマカラには、ピンボール・マシンが置いてありました。ボン・ヴォヤージュという機種名?がついていました。フランス語で「良い旅を」という意味と知ったのは、2年生になってからです。ちょうど、スペース・インベーダーが田舎にやってきた頃でした。当時、店においてあるゲーム機といえば、ピンボールのことでした。

20150316
今日のアマカラ跡地。コンビニエンス・ストアになっています。もしやと思って店に入ってみましたが、ピンボール・マシンはありませんでした。

【今日の1冊】
 1973年のピンボール 村上春樹(31)著 1980年
 アマカラでピンボールに興じていたのは、高校1年時、1979年のこと。 
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